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[会長あいさつ]

 かつて現在の中国東北地方に存在した「満州」。ここに多くの開拓団員が渡り、そして日中双方を含む多くの犠牲者を出しました。この悲惨な歴史を忘れることなく、平和の尊さを次世代に語り継ぐ拠点とするため、私たちは「満蒙開拓平和記念館」の建設を目指し、官民合わせての事業準備会を組織し、建設実現に向けての努力を重ねております。
 建設実現まではまだ紆余曲折とは思いますが、全国で最も多くの開拓団を送出した長野県南部のこの地域に、全国で唯一となる満蒙開拓に特化した記念館の建設を必ずや実現し、広く国内外に向けて戦争の悲惨さ、平和の尊さを発信し、語り継いでいく拠点としていきたいと思っています。
 全国の皆様よりの御支援、御協力のほど、どうか宜しくお願い申し上げます。


                               「満蒙開拓平和記念館」事業準備会 会長 河原 進
                                               (飯田日中友好協会会長)


[準備会からのお知らせ]

          ※.ここでは事業準備会及び事務局からの「お知らせ」を順次掲載いたします。
            (2009.2.7更新)

◎ お知らせ 第5号 (2009年2月7日)  new!!

 現在、当記念館建設計画事業の全国的な広報活動を展開するために、地元である飯田市及び下伊那郡地方の全市町村長等に事業への協賛者としてお名前を掲載して頂けるよう要請してきましたが、既に全市町村長よりそのの承諾を頂いています。また、飯田市及び下伊那郡全15市町村より構成される「南信州広域連合」の連合長(牧野光朗飯田市長)も、この度、発起人代表としてお名前を掲載させて頂けるご承諾を頂くことが出来ました。これを弾みとして、今後さらに活動の拡大、充実を図りたいと思います。

 
◎ お知らせ 第4号 (2009年2月7日)  new!!

 「満蒙開拓」についてのご理解を深めて頂くために、当HPの「満州なんでもコーナー」の「満州開拓ミニ知識」コーナーに数点を掲載しました。ご覧頂ければ幸いです。なお、ここではあくまで基本的なことについて述べさせて頂いています。まずは、一般には余り知られていない「満州」や「満蒙開拓」等についての基本的なことを知って頂くことを主眼としていますので、学術的、専門的な視点からはもの足らないと思いますが、前記趣旨からのことですので簡易化、表現省略等はご容赦ください。

 

◎ お知らせ 第3号 (2009年2月1日)

 1月27・28日の両日、記念館建設地の管内である飯田市及び下伊那郡の管内15の全市町村を、当事業準備会の役員等が手分けして訪問し、当事業への協力等をお願いしてまいりました。どの市町村でも極めて好意的に受け入れて頂き、当事業の対外的文書等に各市町村長のお名前を賛同者として掲載させて頂ける等も、全市町村で快諾して頂けました。


  市町村挨拶回りを伝える新聞記事(2009.1.30付) 南信州新聞


◎ お知らせ 第2号 (2009年2月1日)

 本年1月の正月明けより、記念館建設予定地の長野県下伊那郡阿智村に新たに「阿智事務所」を開設いたしました。阿智村中心部の村役場近く、国道153号沿いのわかり易い場所です。電力会社の元営業所で、これを購入された現在の所有者の方のご好意で格安にてお借りできました。活動展開の拠点として最大限に活用させて頂きたいと思います。


  阿智事務所開設を知らせる新聞記事(2009.1.28付) 信濃毎日新聞 南信地区版


 ◎ お知らせ 第1号 (2009年2月1日)

 本日、ようやく念願の「満蒙開拓平和記念館」事業準備会のホームページが開設されました。皆さんからのたくさんのアクセスを楽しみにいたしております。


[事業にご賛同頂いている皆様]

 当記念館計画発足以来、多くの皆様に御賛同、御協力頂いております。ここでは、建設地地元となる飯田・下伊那地方の行政関係、議員関係の皆様、並びに協力団体等を掲載させて頂きます。

      ※.一部の方は現在、承諾を頂くよう要請中です。
      ※.この他にも個人、団体等、沢山の皆様からの御賛同、御協力を頂いておりますが、スペースの

        都合上、割愛させて頂きますことを御容赦下さい。 

(発起人代表)

  「満蒙開拓平和記念館」事業準備会会長  河原 進 (飯田日中友好協会会長)

   南信州広域連合 連合長 牧野光朗 (飯田市長)

     下伊那郡町村会 会長  伊藤 喜平 (下條村長)

   (建設地村長) 下伊那郡阿智村 村長 岡庭 一雄  

 
(後援)

    社団法人日本中国友好協会(全国日中) 会長   加藤 紘一

  長野県日中友好協会会長   井出 正一

  長野県開拓自興会会長   永原 今朝男
  

(賛同者・地元市町村長)                     .掲載順は県勢要覧順です。

  飯田市 市長 牧野光朗 (要請中)    下條村 村長 伊藤 喜平

  松川町 町長 竜口文昭         売木村 村長 松村増登

    高森町 町長 熊谷 元尋         天龍村 村長 大平 巌

  阿南町 町長 佐々木暢生        泰阜村 村長 松島貞治

  清内路村 村長 櫻井久江        喬木村 村長 大平利次

  阿智村 村長 岡庭一雄         豊丘村 村長 吉川達郎

  平谷村 村長 小池正充         大鹿村 村長 柳島貞康

  根羽村 村長 小木曽亮弌     

 
(賛同者・地元選出・国会・長野県議会議員) .掲載順は各種名簿掲載順です。

    衆議院議員  宮下 一郎                        .一部の方は現在要請中です。

   参議院議員  吉田 博美

   長野県議会議員(下伊那郡区)  森田 恒雄

   長野県議会議員(飯田市区)   古田 芙士

     同    (  同   )   小池 清

     同    (  同   )   小島 康晴


[事業の概要と現状]

 ここでは、当事業の発足の経過、並びに事業の概要と現状等についてお知らせします。事業計画の詳細については「事業計画の詳細」をご覧下さい。

1.建設計画の発足
  平成18年7月、飯田日中友好協会(※)の平成18年度定期大会において「満蒙開拓平和記念館の建設事業に取り組む」ことが採択され、この事業がスタートいたしました。同協会の呼び掛けにより、飯田・下伊那地方の平和、教育、労働団体等、並びに行政よりもオブザーパー参加し、「満蒙開拓平和記念館」事業準備会が発足(会長に河原進飯田日中友好協会会長が就任)し、現在まで活動を展開してきています。
      (※).「飯田日中友好協会」は、長野県南部の飯田市及び下伊那郡を活動エリアとし、日中友好活動と
         共に、残留孤児・婦人の帰国定着支援、満蒙開拓の語り継ぎ事業等に力を注ぎ、会員約200人、
         運営は会員からの会費のみによるボランティア団体です。

             飯田日中友好協会のホームページをご参照下さい。


2.旧満州、満蒙開拓等に関する記念館等について
  多くの犠牲者を出した満蒙開拓ですが、満蒙開拓に特化した記念館、資料館等はどこにもありません。全国各地にある「平和資料館」、「郷土資料館」等に「満蒙開拓」等に関するコーナーが設けられているところもありますが、比較的小さなコーナーであるのが大半なようです。
 なお、満蒙開拓関連としては、満蒙開拓青少年義勇軍についての「満蒙開拓青少年義勇隊資料館」が茨城県水戸市内原にあるほか、また満州、シベリア等からの引揚港であった京都府舞鶴市には「舞鶴引揚記念館」(※)があります。
          (※) 「舞鶴引揚記念館」のホームページをご参照ください。


3.事業の現状について
 当事業は、事業構想発表以来、既に2年半を過ぎ、この間、紆余曲折を繰り返してきましたが、ここに来て、建設予定地が内定する等、事業実現に向けて、大きく進捗する局面を迎えています。

  ①.阿智村での事業化決定について
    1).これまで、飯田・下伊那地方(飯伊地区)の中核市である飯田市内での建設用地確保を目指してきました
      が、飯田市内ではなかなか適切な建設用地が見つからないこと、飯田市隣接の下伊那郡阿智村が後記
      通りの協力姿勢を見せてくれていること等から、平成20年夏、阿智村での事業推進を行っていくことを決
      定しました。

    2).阿智村は「中国残留孤児の父」とも言われる故山本慈昭翁の村でもあり、村当局、地元住民等の満蒙開
      拓語り継ぎ事業等に対する理解度も高い地域です。また、郡部ではありますが、平成20年4月に新規開
      設された中央道「飯田山本インター」から下記②の建設予定地までは車約5分と交通接近条件的にも近
      い場所にあります。

    3).阿智村では、建設地の無償貸与のほか、村長が発起人代表の一人となって頂けること、飯伊地区では
      初めて「ふるさと納税制度」の対象の一つとして本件事業を取り上げてくれる等の協力体制を取ってくれ
      ています。

  ②.建設予定地の内定について
    1).阿智村では阿智村駒場の村役場の近く、故山本慈昭翁ゆかりの長岳寺近くに粗造成済みの村有地約
      1,480㎡(約448坪)を無償貸与してくれることを内定してくれています。また、その隣接地に共同駐車場
      用地として別途約400坪が用意されます。

    2).なお、村当局での手続き上の都合のため、同建設予定地の具体的位置等の対外公表は平成21年4月
      よりとなります。

    3).同予定地は中央高速道「飯田山本インター」より車約5分です。建設予定地は県道に接続する幅員約9
      mの村道に接面し、大型バス等の乗り入れも十分に可能です。

  ③.阿智村「ふるさと納税制度」の活用について
    これまで、本事業は民間任意団体による事業であったため、寄付についての税制上の特例を受けることが
    出来ませんでした。しかしながら、今回、阿智村が創設した「ふるさと納税制度」の対象事業の一つとして本
    事業を取り上げてくれたため、同制度を利用することにより高額寄付者等において税制上の特例を受けて頂
    けることが可能となりました。

  ④.阿智事務所の開設について
    阿智村での事業推進が決定したことに伴い、阿智村内に事業準備会の事務局を設置することとし、阿智村
    役場近くの一軒家(元電力営業所)を格安にて借り受けることが出来、平成21年1月より事務所を開設いた
    しました。事務所は当面は非常勤体制となります。
          (阿智事務所) 〒395-0303 下伊那郡阿智村駒場447番地2
                    「満蒙開拓平和記念館」事業準備会 事務局
                    TEL(FAX兼) 0265-43-5580

  ⑤.準備会の組織体制と地元行政等の関与状況等について
    1).本事業の推進に際しては、これまでのところ、飯田日中友好協会を主管団体とする「満蒙開拓平和記念
      館事業準備会」(会長は河原進飯田日中友好協会会長)を組織し、これに他の民間団体等が加わり、行
      政等からはオブザーバー参加するにとどまってきました。飯伊地区市町村等の行政当局においても、行
      財政の緊迫等を理由として、これまで本事業に積極的に関与してくれる状況までには至っていませんで
      した。

    2).しかしながら、今般、阿智村が村有地を無償貸与してくれると共に、同村長が発起人代表のお一人として
      名前を出してくれること等となりました。

    3).さらに、平成20年12月17日開催の下伊那郡町村会の定例会において、管内全町村の全首長が事業
      協賛者として名前を連ねて頂けることが採択、また下伊那郡町村会長(伊藤喜平下條村長)も発起人代
      表のお一人となってくれることも御決定頂きました。

    4).また、地域中核である飯田市においては、当面、協賛者の一人としては飯田市長のお名前を出して頂け
      ること等の方向にて現在、調整中です。また、管内選出の衆・参国会議員、長野県議会議員の諸先生方
      にも協賛者としてお名前を出して頂ける予定です。

    5).また、日中友好協会の全国組織である(社)日本中国友好協会(全国本部。加藤紘一会長)、及び全県組
      織である長野県日中友好協会(井出正一会長)、長野県の満蒙開拓関係者の組織である長野県開拓自
      興会(永原今朝男会長)等にも後援して頂いています。平成21年1月22日に東京都内にて開催された
      (社)日中友好協会の提起総会においても、本年度取り組み事業の一つとして本事業を取り上げて頂くこ
      とが採択されました。

  ⑥.募金状況について
      平成19年中より建設募金活動を開始し、全国各地より御寄付を寄せて頂いております。現在までのとこ
      ろ、募金額は予約等も含め約2,500万円となっています。

  ⑦.今後の募金活動の拡大等について
     1).ようやく建設予定地も内定し、地元行政等も代表発起人、協賛者等としてお名前を出してくれるところま
      でこぎつけ、これから本格的な全国に向けての募金活動の展開を進めることとなります。

     2).平成21年4月よりは建設予定地も正式に対外的に公表等出来ることとなるところから、これに合わせ
      て、全国約1,800の全市町村に向けてダイレクトメールをお送りし、各市町村の広報及びホームページ
      等に本事業についての掲載をして頂けるようお願いをする予定です。

4.事業の課題と問題点等について
  ①.今後の事業の推進等について
   ようやく建設予定地も内定し、全国的、本格的な募金活動の拡大にも取り組み始めます。その一方で、頼りと
  する民間募金については金額的にはまだまだであり、昨年来の世界的な金融危機の中で切迫した経済情勢と
  なっており、今後の募金活動の展開に大きく影響してくることは間違いありません。また、国、県等も相変わらず
  の傍観状態であり、これを如何に関与して頂くようにしていくかも今後の大きな課題となります。

  ②.事業規模の見直しと完成後の管理維持体制の研究等について
   上記の現状、経済環境等を受けて、必ず記念館の建設は実現させるものの、事業規模等については身の丈
  に合ったものとする等の見直しを行うことも検討しなくてはならないと思います。如何に完成にこぎつけても、完
  成後に閑古鳥が鳴くことの無きよう記念館の管理維持、運営体制等についてもさらに研究、工夫を重ねていくこ
  とが必須となっています。
 
  ③.中国側での反応について
   日本の傀儡国家でもあった満州国を「偽満」と位置づけている中国側において、本事業に対する誤解、反発等
  を招くことの無きよう、昨春、中国大使館を訪問し、本事業が満州、満蒙開拓等の史実を忠実に記録し、これを
  通じて戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継いでいくための拠点とすることを目的とするものであること等の説明
  をしてまいりました。中国側でも、「これまで、満州等に係わる資料館等が一つも日本国内に無かったことの方
  が不思議」等とし、本事業も歴史的意義の高い事業として好意的に受け止めてくれました。
 
  ④.最後に
   満州体験、満蒙開拓体験を通じて日本人は何を学んだのかという問いかけに応え、私たちは平和の尊さを語
  り継いでいかなくてはならず、その意味において「満州」を「幻の満州」としてはならないと思います。
  今後とも本事業に対する御指導、御協力の程、どうか宜しくお願い申し上げます。                    
                                                            (文責・寺沢秀文)



 [当記念館事業についてお知り頂くために・・・]

               ※.以下の記事は長野県南部にて発行されている日刊紙「南信州」紙に掲載されたもの
                 をそのまま転記したものです。当記念館事業についての趣旨等の概略をお知り頂く
                 ために、ここに掲載させて頂きます。

  [ 全国唯一の「満蒙開拓平和記念館」実現を目指して ]

                                                   (「南信州」・平成19年8月21日付掲載)
                                     
 現在、この飯田・下伊那の地に満蒙開拓に特化した「満蒙開拓平和記念館」を建設しようという運動が進められている。日中双方、また蒙、朝、露等も含めて多くの犠牲者を出した旧満州、そして多くの開拓団員が人生を賭し、多くの犠牲者を生んだ満蒙開拓。この旧満州、満蒙開拓に特化した記念館、資料館等の類は、実はまだ全国どこにも建てられていない。類似する関連施設としては、満蒙開拓青少年義勇軍を記念する茨城県水戸市内原の「内原青少年義勇隊資料館」、またシベリア抑留からの引き揚げ等を記念する京都府舞鶴市の「舞鶴引揚記念館」がある程度である。
 当時の時代背景の中で、日本が傀儡(かいらい=あやつり人形)国家として作り上げ、そこに国策として全国各地から満蒙開拓団を送り込み、多くの犠牲者を生んだ満州国、そして満蒙開拓。二度とあのような悲惨な体験を繰り返してはいけないという決意のもとに、平和の尊さを次世代に語り継いでいくためにも、あの満州体験、満蒙開拓体験を語り継いでいかなくてはならないはずのものであり、そしてその拠点としての資料館、記念館等の設置の必要性は極めて高いはずのものである。
 にも拘わらず、これまでこのような資料館等が建設されなかったのは、一つには費用的問題、また他方には満州、満蒙開拓といった歴史背景等があったものと考えられる。費用的問題としては建設費の問題、また仮に建設なったとしてもその後の維持管理の問題も大きい。国策として送り出され、地方自治体、教育界等も強力に後押した満蒙開拓であり、一つぐらいは国立、または県立でこのような類の記念館が建てられても然るべきものとは思うも、現実にはこれまでも建てられていない。また行財政の困窮している現況の中では、箱物(公共施設)等としての施設建築等は極めて無理な現状にもあることもまた事実である。
 そして、もう一つ、この満州体験、開拓体験については官民含め積極的に触れることを避けてきたという側面も否定できない。一応は独立国の体裁を保っていたとは言え、満州国は実質的には日本及び日本軍(関東軍)が実質支配する傀儡国家であり、植民地的色彩が濃く、結果として侵略の一環であったということは歴史上否定し得ない事実である。勿論、国策や謳い文句に踊らされ渡満した開拓団員たちもまた犠牲者であったことは間違いない。彼らはそこに人生を賭け、全力を傾け、そして多くの同胞がそこで犠牲となった。しかし、残念ながら、意図せず日本の侵略に加担していたという側面も持っていたことは否定できない。多大な犠牲者を出した中国側人民の多くにとっても、開拓団はやはり侵略者の一味でしかなかったであろう。如何に「五族協和」等を掲げ満州の地に理想国家を作ろうという意図もまたあったであろうも、その一方で、当初時期の開拓団の多くがそうであったように、「荒野を開墾しての開拓を」と渡満してみると、そこには既に農地も家もあったという現実、そこを強制的に立ち退かされた人々は日本人の小作人等とならざるを得なかった等の現実は、現地の人々(中国人民)にとってはやはりそれは侵略でしかなかったであろう。


 今回、建設実現を目指す「満蒙開拓平和記念館」は旧満州、そして満蒙開拓という史実があったことを客観的に、公平な視点から記録し、語り継いでいくことを骨子としている。満蒙開拓等を徒(いたずら)に美化することも、歴史を歪めることもしないし、また逆にそれを卑下し、自虐的に陥ることも無い。満蒙開拓が侵略の加担でもあったという史実はきちんと把握しながらも、同時に、この満蒙開拓に人生を賭した多くの同胞がいたこと、懸命に生きた人々がいたこと、そして満蒙開拓を推進した歴史的背景があったこと等をそのままに語り継ぐことを目指している。
 「幻の国・満州」と言われる満州ではあるも、私たちは満州、そして満蒙開拓を本当の意味での幻にしてはいけないはずである。多くの犠牲者を出したこの満州体験から、平和の尊さを学び、次世代に引き継いでいくことで、あの満州体験は幻ではなく厳然と歴史の中で生き続けることになる。それが多くの犠牲者に対する鎮魂であると同時に、戦争、満州体験といった「負の体験」を平和希求、国際交流といった「正の遺産」へと転換していくことであり、またそれを成し遂げる英知が、全国で最も多くの開拓団を送り出したこの飯田・下伊那を継承する我々に問われている。
 そして、そのアジア、世界からの「日本は満州体験から何を学んだの?」という問いかけは、この飯田・下伊那だけにではなく、全国で最も多くの満蒙開拓を送り出した長野県民に、そして日本国民全体に向けられているものであることを私たちは忘れてはならない。広島、長崎が悲惨ないたましい原爆体験の中から、世界に向けての平和の発信地となっているのと同じく、私たちもまた全国で最も多くの満蒙開拓団を送出したという「負の体験」を語り継ぐことにより、この地から全国、アジア、そして世界に向けて平和の尊さを発信する拠点として「正の遺産」へと転換していく、その英知が私たちに問われていることを肝に銘じていきたい。


 この記念館の実現までには、まだまだ多くの解決すべき課題がある。一番はやはり資金的問題である。最終的には国、県、市町村等の助成も何とか頂きたいと思うも、まずは民間の中で骨格を作り上げ、「民間でそこまでやっているならば」という行政等からの支援を期したい。現在、事業準備会には行政側からもオブザーバーとして御参加頂いているも、残念ながらまだ積極的に後押しするというところまでには至っていない。その理由としては、まだ全国どこにも建設例の無い記念館に対する取り組みであるということ、国、県、市町村いずれも行財政が厳しい状況にあること、さらには建設なったとしてもその後の維持管理に対する懸念、等々から行政側においてもまだ積極的な関与は困難とのお立場にある。
 とは言え、前記通りの歴史的意義の深いこの記念館事業について、その実現のための英知が問われているのは、官民いずれに対してもであり、また国、県、市町村いずれに対してでもある。今後の民間における取り組みの進捗等を受けて、国、県、そして地元市町村がどのようにこの重要テーマに取り組もうとされるのか、その英断を多くの地域住民が注目し見守っているところである。
 そして、行政等の前向きな英断を頂くためにも、まずは当地域を始めとする多くの皆さんからの資金的な協力を是非ともお願い申し上げたいところである。同時にこの構想に対する御意見、提案等もお寄せ頂きたい。また、資料館内容の充実に向けて満州開拓、旧満州に係わる諸資料等の収集も継続して行っていきたいので、この点についての御協力等も是非ともお願いしたいと思う。
 また、この記念館事業を共に推進しサポートして頂けるボランティアの募集も行っている。この事業には戦後世代、特に若い皆さんの積極的な参加も期待している。そしてこの記念館を、現在も活動中の「満蒙開拓・語り部の会」の常設会場とすると共に、この語り部の次世代の養成講座の場ともしていきたい。去る7月8日開催の飯田日中友好協会の定期大会には、遠く舞鶴市から「舞鶴引揚記念館」の山田館長、そこで語り部をされている「語りの会」の豊田理事長ら計5名の皆さんをお招きし、体験談等の発表を頂いた。舞鶴でも、戦後世代を中心とした若い皆さん等も含む「語り部」の養成講座を設けている。今、戦後60年以上を経る中で、戦争や満蒙開拓を知らない世代による語り継ぎの時代に入っている。幸いにもまだ満蒙開拓等体験者が御健在な今のうちにこそ、この語り部の後継者の養成を図りたい。これらをも見据えて、若い方、戦後世代の皆さん等のこの事業への参加、協力を是非とも期待するところ大である。
                           「満蒙開拓平和記念館」事業準備会 事務局長 寺沢秀文